お酒も、珈琲も、朝食も。

お酒、珈琲まではOKとして、この並びに朝食がくるモヤモヤ感をお許しください。

やめたものを書きたいなと思いこのタイトルにしましたが、何を隠そうお酒も、珈琲も、朝食も、やめていません。
じゃあなんなんだ、ですよね。
私にとってお酒と珈琲と朝食は、
「適量がよくて、自分の中のこれらの適量というのは、ハレとケの、ハレのときだけでいい」
ということに落ち着いたものなんです。

ハレとケとは、柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)は普段の生活である「日常」を表している。
引用:Wikipedia

お酒のこと

お酒を嗜む程度にしか飲まなくなり7年目に突入します。
20代前半は、お酒を飲める方がカッコいい気がしていました。さらにカッコ悪いことに、お酒に飲まれることもまあまあありました。幸い、誰かを怪我させたり法に触れるようなことをしたりはたまた危険な目に合うことはなく、無事に生き抜きました。その頃はお酒をやめることなんて一ミリも想像していなかったのですが、長男の妊娠をきっかけに、突然お酒をやめることになりました。
やめたすぐは、飲んでいる人を見て、「いいな〜」とか「飲んでスカッとしたいな〜」とか思うこともありましたが、いざ授乳が終わり「飲めるようになった!万歳!」と思い飲んでみたら、お酒に弱くなっていてちょっと口にするだけで酔って、身体が重い。ちなみになんだか美味しくもない。徐々に慣らさないとこれは飲めそうにないぞだなんて、それでもまだ飲むことへの執着があったのですが、そうこうしているうちに、また妊娠、禁酒。といった具合で、結局ほぼほぼ飲まずにこの7年間を過ごしました。

結論、嗜好品とはよく言ったもので、飲まなくても楽しく生きていけます。(今の時代、飲めないからといって迫害されることもありません)むしろ、飲まない方が楽しい可能性だってあります。二日酔いを愛している人はおそらくいないでしょう。二日酔いを一発で直す薬があったらぼろ儲けでしょう。肝臓はお酒を摂取しないので、基本的に元気です。肝臓にトラブルがあると怒りっぽくなるとも言われます。イライラとは無縁な(無縁は言い過ぎかも、自分比イライラ80%減ぐらいの)生活になりました。

とはいえ、コミュニケーションを取る上で、お酒がいい具合に力を発揮することもあれば、お料理をいただく際に合わせて上質なお酒をいただく至福感も、やっぱり捨てがたい。お酒を飲みながらワイワイするのが、結構好きなんです。程よくお酒が入ると考えすぎなくていいので、気疲れしにくいんですよね。

そういった事情で私にとってお酒は、スペシャルな時に楽しむものとなりました。そもそも昔は、たくさんのお酒を作る技術もなかったので、それこそお祭りなどで飲まれるのが一般的だったようです。何事も、制限がある方が希少性・貴重性が増して、ありがたく感じます。お酒をありがたくいただくために、これからもハレの時の楽しみとしてとっておくことにします。

特別なときに飲む、しかもそれがたまにしかないとなると、選ぶお酒も変わってきそうですよね。(以前取材にいったことのある太陽酒造さんの日本酒がどうしても飲んでみたい)

惰性で飲まれている方は、やめてみるとちょっと違う世界が見えるかもしれませんね。

珈琲のこと

そして、珈琲です。私の両親は珈琲が好きで、今でも朝食時に珈琲を淹れます。父親に至っては、ある時(20年近く前かと。。)から珈琲豆の焙煎まではじめました。日常に珈琲がありながらも、特に好きでも嫌いでもなかったんですが、スタバが広島にでき始めた頃に「珈琲=おしゃれ」とインプットされ、それを温め続けてきました。

甘いものをいただくときには、珈琲。スタバのドリンクを持って出勤。カフェで1人珈琲を飲みながら読書。次々に生活の中に珈琲が進出してきて、職場でも午後に珈琲を入れてみたりしていました。おしゃれなカフェや珈琲スタンドも増えました。珈琲を飲んでいるだけで絵になるような気さえしてきていました。

しかしこちらも、妊娠・授乳中は珈琲は控えるように指導されます。カフェインが多いから、子どもに悪影響とのこと。ただ珈琲はお酒とは違って、やめてくださいとは言われず、控えましょう、一日一杯程度にしましょうといった程度のゆるい制限です。

そのため、完全に止めることなく過ごしていましたが、ある時からカフェインレスコーヒーにハマり始めます。もしかしてカフェインをとりすぎかも、と漠然と思いカフェインレスコーヒーを飲み始め、カフェインレスに慣れてくると、今度は普通のコーヒーを飲むと動悸がしたり、トイレが異様に近くなります。夜眠りにスッと入れなくなります。そこまでなってようやく「私にはカフェインはいらないんだ」と悟りました。体に負担がかかっていたんですね。以前はよく冷えを感じていましたが、この頃は体温は36.4度前後です。(本当はもう少し高くなりたいですが)

そして徐々にカフェインレスコーヒーですら、なんだか強さを感じるようになってきました。毎日何杯珈琲を飲んでも平気だったのに、身体は環境に合わせて変わるもの。気がつけば、私にとって珈琲は日常に必要がないものとなりました。
カフェインをとりたくないからといって、あえてカフェインレスにしてまで珈琲を飲むのもおかしい気がしてきました。
ブラックで飲みたいのに、牛乳を入れた方が胃に優しいと聞いたりして、牛乳も量を控えているのになと、どうしたらいいのかわからないようになり、いよいよ飲むことをやめる決心がつきました。

チョコレートと同じく、コーヒー豆の生産地における問題も知り、フェアトレードの商品を選んだり、生産者さんに還元されるようなこだわりを持ったお店から購入するというハードルを自分に課したため、そうそう簡単に購入しなくなったことも理由の一因です。
ケーキといったスペシャルなものも、ハレのときだけで十分だと感じ始め、それに合わせて珈琲も基本平日はいただかずに、土日の朝だけにするとか、外出時やハレのときに楽しむものとしています。

人それぞれですが、過ぎたるは猶及ばざるが如しですね。

朝食のこと

最後に、朝食。朝食は食べた方が体にいい説をずっと信じていたのですが、1日に食べる量が多すぎなのか、胃の調子が悪くなったり、体が重くなったりしてきました。加齢によりエネルギーをそんなに必要としなくなったのかもしれません。以前より歩く距離は増えているはず(しかも次男をおんぶしたりしている)なのに、たくさん食べると、無性に疲れるのです。

そこで、朝食を抜いてみることにしました。
朝は、コップ一杯のお水。
すると、お昼までお腹が空いて死にそう、、、とは全くならず、お昼も今までの量食べると苦しいので気持ち少なめに食べることに。その後もそんなにお腹が空かないので、間食が欲しくて欲しくてたまらなかったあの頃の自分はどうしたと不思議なぐらい、おやつを食べたい気持ちも減りました。

もしかしたら、晩ご飯をやめることもいいのかもしれないのですが、朝食を取らないメリットは、朝の有効時間が増えること。朝の頭の冴えている時間は、同じ夜の時間の2倍分の働きができると感じています。朝バタバタして準備不足、子どもを必要以上に怒る急すがなくなります。子どもがいなければ、朝少し仕事に取り掛かることもできます。(子どものご飯は作って用意しています)

旅に出て、とっても美味しい朝食が用意されているなんて時は朝食を頂こうと思いますが、しばらく朝食はなしで生活をしようと思います。

二食になると、食費が減る上に、食べたくないものを食べるという選択肢もなくなりました。

引き算を思い出す

人間の欲とは恐ろしいもので、なんでも「もっと欲しいもっと欲しい」と、どんどん足していきがちです。
年齢を重ねたことでようやく引き算を覚えて、自分の生活から必要のないものを減らし始めると、思いがけず体も心も軽くなりました。以前よりも前向きな気持ちで過ごすことができています。

10代20代は、もっともっとで進んでいけば良さそうですが、30代あたりから、適量を知り取捨選択することが、暮らしを楽しむコツな気がしています。

↑いつもなら物足りないぐらいのランチが、苦しくてたまらないことに。

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ABOUTこの記事をかいた人

夫と子ども3人の家族5人で神戸で暮らしています。 アロマテラピー検定1級、AEAJアロマテラピーアドバイザー。 趣味は寝るコト外で遊ぶコト。 シンプルな生活、エコ、農業、建築や旅に興味あり。 日々のことを徒然と書いています。