ブラックフォーマルは、結局、葬祭用である。(卒園式の話)

3月、4月と言えば、卒業&入学のシーズン。桜が別れの感傷と出会いの期待を盛り立ててくれる。

我が家も長男の卒園式が先日行われた。4月には小学校の入学式が控えている。

卒園式に出席するにあたり、マナーに疎いので服装についてググる。ママ友にもちょっと聞いてみる。

結果、どうやらネイビーが無難らしい。卒業式も入学式にも使えるし、程よいとのこと。

いや、そもそもネイビーのスーツもワンピースも持っていない。ツイード素材のものなんて持っていたことも着たこともない。スーツは営業の仕事を辞めたときにほぼ処分している。あると言えば、冠婚葬祭用に所有しているブラックフォーマルのワンピース&ジャケットぐらい。これを買った時に、卒業式などにも使えますよ〜とお決まりのように言われたことを思い出す。

さらにこちらはまだ、一回しか着ていない。もったいない。コスパが悪すぎる。このブラックフォーマルとやらで、卒園式に出てもいいものか。ググる。ママ友に聞いても気を使わせるだけなので、とにかくググる。

結果、本人がよければいい、と悟る。

そもそも着物が主流だった時代から、洋服に移行していく際に、フォーマルな衣装というものを設定しておこう、そしてそれをビジネスにしようということで、マナーが後付けのように決まったっぽい。(私はそう認識した)

ブラックフォーマルは一番格式高い服装らしい。一番とはなんぞや。名家、貴族、王室でもない庶民中の庶民には、格式高いという言葉がむず痒い。

お祝いの気持ちがあれば、ある程度の清潔感ときちんと感があれば、服装は大きな問題ではないはず。

ということで、格式高いのにおかしいと思われることはないだろうとブラックフォーマルを着用し、お葬式感をさけるためお花を胸につけ、大っ嫌いなベージュのストッキングを履き、パールのアクセをつけ、ヘアアレンジを適当にしてさらにベージュのヘア飾りをつけ、出席してみた。

地域柄や園にもよるのであろうが、明らかなブラックフォーマルで出席しているのは私のみであった。しかし、先生方は黒いスーツがほとんどだったのでそう浮かずにすんだ。おそらく、服装を気にしていた私ぐらいしかそこまで人の服をチェックしていないであろう。服装なんて見ていたら大切な我が子の姿が見れないではないか。(ちなみにヘア飾りなんてつけていたのも私だけのようだった)

それにしても、ブラックフォーマルって何なんだ。お葬式の時だけのものなのか。

近年の傾向として、全体的に服装はカジュアル化してマナーも緩くなっている。結婚式の参列もかなり自由だなと感じる。そもそもジェンダーレスやら何やらの時代。スカートの方がフォーマル感があるということにどのくらいの意味があるのかと思えてくる。

何だか見た目を気にするのが馬鹿らしくなり、「常識がないと思われたくない」という見栄が自分を窮屈にしていることを察知し、卒園式では早々に人の服装を確認するのをやめた。そして、入学式はある程度好きな服装で行くことに決めた。とはいえ入学式には、ブラックフォーマルは黒すぎるらしい。何やねん。格式高いんちゃうんか。なので、ブラックフォーマルは長女の卒園式もしくはお葬式に参列することがあるまで封印である。ミニマリスト(に近づきたいと思っている身)としてはこのようなものを所有していることにモヤモヤであるが、致し方あるまい。すでに持っている。使う予定もある。実は気に入っていて着るたびに、やっぱりいいねこの服、と思う。着る機会が増えてほしいが、増えると悲しみはセットである。

冠婚葬祭の際には衣装をレンタルという手もある。でも、オンラインで自分のサイズに合ったもので着用感がいいものさらに似合うものを選ぶ難しさと言ったら。たった3時間程度着用する服を選ぶだけなのに意外と使う時間は長くなる。で、選べない。だいたいお葬式なんて予定しているものではなくて急なもの。服を探している場合じゃない。

リアルなシェアクローゼットはないものか。兄弟姉妹やいとこ、何なら母親も含め家族全体で服をシャアできていたら、と核家族の自分を悲しむ。特に妹とはほぼ背格好が一緒である。この際家族でなくてもいい、同じマンション同じ町内でこのような衣装のシェアはできないものか。オンラインではない、オフラインで物理的な近さがここでは重要。マンションの管理組合に提案すべきか。こんなことを希望しているのは私だけか。

実は、入学式の子どもの衣装はやむを得ずレンタルにした。購入したところで、次男は5つも歳が離れている。背丈が一緒とも限らない。スーツなんて普段子どもが活動するのに着ることはなかろう。そもそもスーツじゃないとだめなのかとまたもや考え始めるが、いったん儀式として割り切る。

卒園式の服装に悩む普通のママたちには、ネイビーが無難だよ、と言いたい。ブラックフォーマルはやっぱり葬祭用で色々と兼用しようと思わない方がいいよ、と。

※格式高い方々の集まりについてはわからない。神戸の一般庶民の肌感と思ってもらえたら。

でも本当に一番言いたいことは、子どもの成長を祝う気持ち以上に大切なことはない、ということ。

服装に囚われて、お祝いの心がどこかへいってしまうなんて、本末転倒だから。

春は、始まりの季節と小さい頃から植え付けられていて自然とワクワクする。小さい頃から植え付けられたものではなく、暖かくなり芽吹く季節に浮き足立つのは動物の本能かもしれない。

ああ、春野菜がおいしい。

写真は、菜の花とスナップえんどうのリゾットである。豆乳で炊いた。このごろ市販のだしのもと(コンソメやブイヨンなども含めて)使わずに料理をすることにハマっていて、こちらは塩胡椒のみ。それでも十分おいしいんだな〜。嬉しい。春を、堪能したい。

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ABOUTこの記事をかいた人

夫と子ども3人の家族5人で神戸で暮らしています。 アロマテラピー検定1級、AEAJアロマテラピーアドバイザー。 趣味は寝るコト外で遊ぶコト。 シンプルな生活、エコ、農業、建築や旅に興味あり。 日々のことを徒然と書いています。