3月最後の日と、4月最初の日。

子どもがいなければ、私にとって流れゆく一日にすぎない3月31日ですが、今年は長男の最後の登園日。親の方がかなり感慨深い。通う園には、なんと0歳児のときから、6年間もお世話になったのでした。

私立の認可保育園で、毎年何人かの先生、特に若い先生がコンスタントに辞めていくことに、心を痛めながら、時には一緒に泣いて出会いと別れを繰り返してきたことも、もはや思い出。

6年の歳月が流れる間に、保育料は無償化され、私自身も6歳も歳を重ね、長女と次男も生まれました。

そして今日4月1日から学童へ行った長男の心境はいかに。彼はお弁当の量が足りるかどうかをやたら気にしてたが、他のことは何にも言っておらず、そうセンシティブになる必要はなさそう。強いていうなら、嫌いなおやつ(チョコとかクッキー)が出たらどうしよう、というもの。食べることばっかり。

お弁当は、保育園のように栄養バランスは考えられてはいない分、心を込めたいと思っている。仮にお弁当を用意できなかった場合は、指導員さんと一緒に近くの小さなスーパーで食べるものを買うらしい。ありがたいような気がするが、スーパーのお弁当やお惣菜が食べれない(つまり、嫌いな)私は、お弁当を持たせることを勝手にミッションに感じている。

基本的に偏食だった私はお弁当が子どもの頃から大嫌いで、いろんなものが詰まって匂いが混じってたり、味が濃かったり、べちゃっとしてたり、そういうもの全てが許せなかった。贅沢な話だが、いまでも市販のお弁当はだいたい苦手。

一つ偏食エピソードを言うと、子どものころ、友達のお誕生日パーティーでサンドイッチが出た時、一人だけ手をつけることができず、具なしの塩おにぎりを特別に作ってもらったこともある。(パンに何かが挟まっているのが許せなかったし、野菜は全部嫌いだったし、茹で卵もむりだった。ハムもウインナーも嫌いで、臭さに吐きそうになっていた)同じように、巻き寿司も無理(いまだに自分が巻いたものと高級鮨店のもの以外は好きではない)、ポテトサラダも無理(惣菜で買うものはできれば食べたくない)、ハンバーグの良さがわからない(焼肉は好きだった)、ミックスジュースなんてもってのほかであった。そう、何が入っているかわからないものを口にできないタイプだった。

ゆえに、お弁当は必ず食べたくないものが入っている。いまでも幕の内弁当は手をつけないし、コンビニでお弁当を買うことはない。

そういえば、玉ねぎとねぎとピーマンと米が嫌いな友人がいる。大人であっても彼女のような人もいると知り、子どもの好き嫌いにいっそう寛容になった私である。

桜が散る階段を登る

今日のお弁当は、かなり豪華になった。だって初日だもん。

ごはん+じゃこの生姜佃煮、豚肉とブロッコリーとパプリカのオイスターソース炒め、切干大根醤油煮、卵焼き

長男のお弁当箱は、私が使っていた曲げわっぱ。このお弁当箱に入れたらおいしいんよね〜と説明してある。持ち物にこだわりがない彼は、オトコらしければいいらしい。曲げわっぱがオトコらしいかどうかは不明だが。

とりあえず、小学生になる長男へは、色々やってみて好きなことを見つけて楽しんで、と伝えている。

今日の報告が楽しみ。(報告があること前提)

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夫と子ども3人の家族5人で神戸で暮らしています。 アロマテラピー検定1級、AEAJアロマテラピーアドバイザー。 趣味は寝るコト外で遊ぶコト。 シンプルな生活、エコ、農業、建築や旅に興味あり。 日々のことを徒然と書いています。