火垂るの墓を高校生のときぶりに見たら。

戦争(第二次世界大戦)の終戦から75年以上も経っている。私の親も戦争を体験しておらず、祖父母の世代が体験していたが私の祖父母はもう一人もいない。

広島で生まれ育ち、原子爆弾が落とされた経緯や原子爆弾によって焼け野原になったことなどは毎年夏になれば学び続けてきたけれど、この戦争のことを、自分の子どもにもきちんと伝える自信がない。

神戸に暮らしていると、阪神大震災の教訓から防災については進んでいるなと感じる。戦争のことはどうなんだろう。戦争はだいぶ前のことだし、社会人だから接することがないだけで、学校ではたくさん教えているのかもしれないけれど、よくわからない。

そこで、ジブリの「火垂るの墓」である。

戦争っていうのがあるということ、日本は昔第二次世界大戦でアメリカと戦争をしていたこと、負けたことは知っている我が家の子どもたちではあるが、自分たちの生活と照らし合わせることはまだできていないであろう。

DVDを一緒に見て、感想とか疑問に思ったことを話したらいいかなと思って、昨日つけてみた。

しかし、私が、「これ見たら泣いちゃうの、苦しくて悲しくて」と言ったからか、長男はビビリ、「ちょっと昼寝する」と、しろと言ってもしない昼寝をし始め、長女と二人で見ることに。

4歳にはまだ難しかったようで、質問がいっぱい。答えるのに四苦八苦し、しかもやっぱり苦しくなって見てられなくなって、いったん途中までで昨日はやめておいた。

改めて見て、舞台が神戸だったことを今更知る。

おばさんが、清太と節子に言うセリフ。

「お国のために働いている人らの弁当と一日中ブラブラしとるあんたらとなんでおんなじや思うの」

「あんたもう大きいねんから助け合い言うこと考えてくれな。あんたらはお米ちっとも出さんとそれでごはん食べたいいうてもそらいけませんよ。通りません。」

私は、これを聞いて、今の時代と一緒じゃんと。たしかに、助け合いは必要。でも、助け合いってなんなんだろう。

「働いていないのに、好きなことできるわけがない」

「国に税金を払ってない人は、意見するな」

「何をあなたは貢献しているのですか」

明確な何か(お金になるもの)を、社会に与えていないと、生きている価値がないというような考え。

自己責任論がはばかる日本。

でも、子どもたちに、「片付けしないとおやつなしね!」なんて言ってしまったことがある私も、ある意味同類で、2度とこんな発言はしないでおこうと誓う。いてくれるだけで、十分だよと、自分の子どもにさえ言えない心の貧しさ。

戦時中は先行き不透明で、いつ死ぬかもわからないし、大切な人たちが戦争に行っていなくなるし、食料もまともに手に入らない状況だったはず。

そんな時代と同じことが、豊かになったはずの今も、起きている。

おばさんは、清太と節子が自分の子どもだったら、働いていなくても何もしていなくても、食べさせてあげてたんじゃないだろうか、と考える。でも、もっと貧しくなったら、自分の子どもでさえもあのような扱いをしてしまう可能性もある。

なんで、戦争が起きたのか、なんで戦争は長く続いたのか、なんで原子爆弾は落とされたのか、戦争が終わってからもなんで人々は争うのか。

なんで、世界中で戦争は起こり続けているのか。

平和なうちに、考えておきたい。

今の時代が、平和なんだと、信じたい。

最近のおやつ。お砂糖がやめられない。。。平和すぎ。。

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ABOUTこの記事をかいた人

夫と子ども3人の家族5人で神戸で暮らしています。 アロマテラピー検定1級、AEAJアロマテラピーアドバイザー。 趣味は寝るコト外で遊ぶコト。 シンプルな生活、エコ、農業、建築や旅に興味あり。 日々のことを徒然と書いています。