ブランドものではなく、ノーブランドのジュエリーに人気が出てきているらしい。 ブランディングなどといって、商品の価値を上げる(伝える)ような手法やさまざまなマーケティングがよく行われているが、ノーブランドで「知らない」ことが価値になるのであれば、これまたややこしい話だなと思う。
しかしノーブランドを評価するには、ものを見る目があることが前提なので、(それかただ個人的な好き嫌いが評価になる??)結局、人気な〇〇さんやスペシャルな能力のある〇〇さんなどが評価したノーブランドに、人気が集まるような気がする。そしてノーブランドではなくなる…?
昔、古着が流行った時に「みんなとかぶらない自分に似合うものを数々のアイテムから選び出し着ている自分」に酔って古着を着ていたことがあるから、一点もののアイテムに惹かれる気持ちは分かる。
でもわざわざ探してこなくても、一点ものが良ければ自分で手作りするに限るし代々受け継がれてきたものや、友人が手作りしたものでも素敵。それらをアレンジして自分仕様に作り直すのもいい。
大量生産されたものでも、なんだかんだと長く使っているうちに自分だけの一点もののアイテムになっていくという側面もある。やっぱり、持っているモノで価値を競うこともないし、人が持っているモノを羨む時代でもなくなったなと個人的には感じている。ノーブランドで一点ものであろうと、大量生産のものであろうと、ブランド品であろうと、自分が好きかどうか、必要かどうかで判断すればいい。
たくさんのものを持っている方がダサいという価値観まであるぐらいだから。
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そして英語がわかりもしないのに、The New Yorker DocumentaryのIntroducing an Infant to the Great Outdoorsを見た。
「ーーーーーーーbetween baby and nature.」
このフレーズを聞いて、我が子たちに自然と触れ合う時間を少ししかとってこなかったことに対して、小さく後悔をし、これから先できる限り、人工的な場所ではなく海や川、山で遊ばせようと決め、自然こそノーブランドだなと思ったりする。 そりゃハワイの海とかエベレストとかあっても、どこの自然にもオリジナリティがあっていつでも新しい感動を与えてくれるのだから。
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このごろについて
<お料理のこと>
夏も終わり、秋に差し掛かったところで急にはまった「夏野菜のずんだ和え」。
大好きな土井善晴さんのレシピ。
枝豆は茹でただけでおいしいから、その枝豆をわざわざ潰すだなんて考えもしなかったけれど、 したらしたで、一手間かけているだけあって、別格のお料理になる。
南瓜、ピーマン、ナスを茹でて(私は蒸したけど)、潰した枝豆に白味噌とみりんを加えて伸ばして和え衣にし、 全部混ぜる(和える)、っていうレシピ。詳細は土井さんの何かを見てもらえたら。(私はアプリを見ている)
もうちょっと和え衣が多い方がいいかもしれないけれど、十分おいしい。 来年も作ろう。
ちなみにトマトパスタもめちゃくちゃおいしかった。 オリーブオイルとトマトとニンニクと塩(そして麺)があればとりあえずできる。 すでに来年の夏が待望される。
<子どもからのおねだり>
満月の日に、月見団子にススキを添えて、お月見をしたいらしい。 月見団子…。作り方を調べなければ。しかも、台(三宝というらしい)も欲しいとのこと。 まじか。。牛乳パックと紙皿で手作りしている人がいたので、代用できそうなものがなければ参考にさせてもらうか…。 今年は中秋の名月は21日火曜日とのこと。火曜日…。(忙しいわ、、)
<先週読んだ本>
安いあれ、簡単に手に入るこれ、次から次へと並ぶ新商品。 そういったものの裏側に、誰かや何かの犠牲が伴っていることがある。
生まれながらにして、知らぬ間に消費者としてカウントされ、 買って買ってとさまざまなものを買わないといけないような気持ちにさせられる。
自分で食べるものは、自分で作ればほとんどの問題は解決する。
たぶん、そんな本でした。
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次の時代を、先に生きる。 著:髙坂勝(2016年初版発行)
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